私は小学校5~6年生まで
サンタクロースがいると信じていました。
その年齢になればわかりそうなものですが
かなりの鈍感だったようです。
小学校4年生のクリスマスイブの夜
ふと玄関の片隅を見ると、ほしかったブーツが隠してありました。
急いで母を呼ぶと、母は苦し紛れに
「たった今、サンタが置いて行ったんだよ」と。
それを真に受けて、まだこの辺にいるかもしれない!と
雪の夜に駈け出して行きました。
しんと静まり返った家並にその姿はなく
会えなかった残念さを、今でも覚えています。
いま思えば、サンタを待ちわびるあの気持ちを長く味わえたのは
幸せなことでした。
本気で手紙を書いている私を見て
毎年苦慮してくれた両親に感謝です。
いると思えばいる、いないと思えばいない。
たぶんそういうものなのでしょうね。
もう逝ってしまった大切な人たちに見守られている
と思うことがあります。
八方塞がりでうなだれている時に、
ふと名案を思いつくことがあり
そういうときは「(あの世の)誰かが教えてくれたんだ」と感じ
運がいいことがあれば「プレゼントが来た!」と。
調子に乗るとガツンと戒めが来て「あっ叱られた…」^^;
小さい頃の私にサンタが存在していたように
今はあの世で見守ってくれる人たちが存在します。
確かめようがないことだけど
奇跡的に思えることや偶然は
先に逝った人たちから届いたものだと思えます。
「今回はおじいちゃんからかな?」とか
「おばあちゃんが怒ったのかも」などと
空想するのも楽しい。
そうそう、困り果ててしまったとき
「誰か助けて」とお願いして眠ると
翌朝、ピッとひらめきが起きたことも。(*^。^*)
寂しい想いの日でも、見守ってくれる人がいることを思い出せば
勇気がわいてくる。
「いると思えばいる」は心細くなった時のお守り。
情けなくなる日もあるけれど
空にむかって話しかければ
返事はないけれど、懐かしい笑顔が浮かび
うん、またがんばるよ、と思う晩秋です。
by 浅野 裕子